「自分にとっての幸せとは」を改めて考えるとマジで一瞬思考が止まった

雑記
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どうも、田中尚樹(@Uzunaoki)です。

 

現在、ひろゆきさんの

「無敵の思考」

を読んでおります。

 

 

そして、その中の文章によって一瞬「あれ?」と

なったことがありました。

 

 

「ひろゆき」さんとは

 

誰もが知ってる2ちゃんねる」の元管理人だったり、

「ニコニコ動画」を作っていたり、

英語圏最大の匿名掲示板4chanの管理人をやられてる方です。

 

テレビでも論破王とか、

コメンテーターとか

堀江さんとかとトーク番組に出てたりもされてますね。

 

「消費者は一生、幸せになれない」

 

 

幸せかどうかは、消費者のままかクリエーターになるか、

ということでも分かれると僕は思ってます。

(中略)

楽しさや幸せを、「お金を使うことで感じる人」は、

一生幸せになりません。

それは、幸せを感じ続けるためにお金を使い続けなくてはいけないので、

アラブの石油王であれば別ですが、

多くの人には限界があるからです。

「これさえ買えば、幸せになれる」ということを、

多くの広告は謳っているわけですが、

それを追い求めるうちは絶対に幸せになれません。

 

「無敵の思考」より。

 

 

上記が書かれてるページを読んでいる時に、

(なるほどな~。クリエーターなら幸せになれる、か~。)

とふむふむ読んでいたのですが、

 

ふと、自分の幸せとは?と思いました。

 

自分の「幸せ」とは?

 

これを考えたときに、一瞬本当に分からなくて、

 

え?

 

となりました。気づいたら崖っぷちに立ってるかというぐらい、

ゾワっとしました。

 

だって自分の幸せで即答できないんですから、大丈夫か自分、と思いました。

我に帰り、落ち着いて考えたら、まぁ大丈夫でしたが。

 

カーテンコールは幸せの時間

 

舞台の、本番のラスト、お客様からの拍手を頂いてるあの時間。

あれは紛れもなく幸せです。

 

それまで積もり積もった、苦労や疲労もふっとび、

「やってて良かった」

と心の底から思います。

 

それにあの景色。会場の皆様が拍手をくださってるあの景色は、

普通に生きてたら見れるものではありません。

 

「カーテンコールは中毒になる」という言葉があるくらい、

本当にあの時間は幸せです。

 

家族が平和であればいい

 

僕は、数年前に父を亡くしました。

 

それ以降、人の「死」というものが身近にあるものだと痛感し、

いつ誰にでも起こり得ることなのだと思ってます。

 

だからそれは仕方の無いことだと思いますが、

自分の身の回りの家族が平和で、

元気でいてくれたらそれでいいなと思います。

 

静かな幸せは、確かにそこで感じます。

 

やりたいことだけで生きていける現代

 

多分、滅多なことが無い限り、

生きていけない、ということは無いでしょう。

 

僕は計算したら大体月に10万を稼いでたら、普通に生きていけます。

余分な物は全部はじいていってます。

 

なので、今はあの手この手で生きていくお金を捻出してますが、

本当にダメになれば、コンビニバイトでもなんでもすればいいわけで。

 

そう考えると目に見えない大きな不安も恐怖も

そうそう出てきません。

 

今はやりたいことだけで生きていけてるので、

それは幸せだなと思います。

 

希望はまだまだある

 

やりたい事、やってみたい事、行きたい所、

などはたくさんあります。

 

それこそ旅行にも行きたいし、

田舎に家を買って、二重生活もしたいし、

食べた事ないものは食べてみたいし、

見たことない景色は見てみたいと思います。

 

逆に車や高級マンションなど、そういった分かりやすい

お高い買い物には興味がありません。

 

今は何でも触れれるし、調べば答えにたどり着けるし、

溢れてる時代ではあります。

 

その中で生きてるとたまに自分の幸せに盲目になってしまう事もあります。

 

皆様も一度自分の幸せを問うてみるのもおもしろいかもしれません。

 

では!あでゅー!

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